サハラの風

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成人式で暴れる人間は成人として認めなければ良い!

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毎年毎年新成人により繰り返される愚行。

大暴れする新成人からそもそも「成人」とは何なのか?について考える。

 

成人式で暴れる人間は成人として認めなければ良い!

今年も各地で成人式を祝う式典が、各地で行われた。今年の新成人は126万人。

 

人口減少に歯止めがかからない日本だが、今年は去年の121万人から5万人増加。前年比を上回るのは実に5年ぶりということだ。


成人の仲間入りをした彼らを心から歓迎したいところだが、残念ながら今年の新成人でも、日本最大級の式典が行われていた神奈川・横浜市の会場で、柵を越えて舞台に上がろうとした新成人が、警備員に取り押さえられ、退場させられた事件を始め、いくつかの場所で、恒例と化した暴動が起きてしまった。

 

昔の成人式と言えば「元服」。時代や地域、個々の置かれた状況により、年齢には幅があったようだが、15才から17才くらいまでに済ますのが、一般的だったようだ。

 

基本的にタイミングは親が決めるもので、早い人だと14才くらい、親の許しがなかなかでない問題児は、20才を過ぎることもあったようだが・・・。

 

言わずもなが「元服」をするということは、一人前の大人として認められたことを意味する。

 

これは非常に誇らしいことである反面、当然ながら、重大な責任を伴う。

 

これ以降周囲からは、大人としての品格を厳しく問われる訳だがら、現在のように、単なる通過儀礼という訳にはいかない。

 

元服を済ませ、「公人」として世の中に出るというのは、それなりの確固たる覚悟が必要だった訳である。


それに比べるて現代はどうだろう?全員とは言わないが、時が来たら誰にでも平等に訪れる単なるお祭りだと思っている若者が大半だろう。しかしながら、厳粛な元服の儀に暴れる様な人間を、年齢だけを以って、一人前の大人と呼んでしまって良いのだろうか?

 

近年日本人の精神的な成長は、かなり遅くなっていると言われて久しいが、20歳=成人という制度そのものの見直しすら、検討しなければならないのか。そんなことを考えねばならぬこと自体、とても悲しい。


「一人前の大人になる」ということの意味するところは何なのか?

 

ほんの少しの時間でも良い。成人式を迎える前に、この言葉の意味するところを、見つめ直して欲しいものだ。

 

 

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