サハラの風

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菅原彩加さんの3・11体験談に矛盾!?ネットで炎上!「行かないで」「ありがとう、大好きだよ」

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3月11日に行われた東日本大震災追悼式。

宮城県遺族代表として壇上に立った、菅原彩加さんが語った体験談に矛盾や疑惑があるとして、ネットで手厳しく叩かれている。

(スピーチの内容は下記の記事参照。)

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・以前は「二晩自宅の屋根で救助を待った」と言っていたが、今回は「近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かした」に変化している。

・15歳の少女が瓦礫の散乱する極寒の水中を、小学校まで泳いで行ける訳がない。

・残れば死が現実的となる状況で、自分を引き止めようとする母親に大好きだよなどと言う筈がない。

などと言った矛盾・捏造・疑惑を訴える声が大きくなっている。

 

実際のところ真偽の程は分からないが、このニュースは非常に複雑な気持ちにさせる。何故ならば

 

・極限状況下で記憶が曖昧なのは致し方ないこと。

そう考えるのは自然なことだ。

 

一方で疑いの目で見てみると、確かにいささか怪しいのも事実。万が一ネットで言われている様に脚色がなされているとすれば、

 

被災などの体験においては、事実を伝えなければならない。そこには少しの脚色もあってはならない!

とする厳しい気持ちもある。

 

そうかと思えば、菅原彩加さんの語った

母親「行かないで」

彩加さん「ありがとう、大好きだよ」という、母親との最後のやりとりを聞いて、

 

【日本人として違和感がある】

【普通は 母親「私はいいから、あなただけでも逃げて!」、彩加さん「やだ!ここにいる!」だろ!?】

【こんな会話は誰も望んでない。言うべきではなかった】

【美談にしようと脚色したけど、逆に間違っちゃたパターン】

 

などという声を聞いていると、結局のところ日本人は真実かどうかより、「感動出来るかどうか」の方が重要なのかと、それはそれで複雑だ。

 

そうした思いが様々に交錯し、複雑な気持ちにさせられるのだ。

 

これ以上の詮索は何も生み出さない。

 

日本を襲った未曾有の大災害。そんな中起きた後世に残すべき被災者の事実!

ここは彼女の言葉通り、そう受け取りたいところだが・・・

 

真実は如何に?

 

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