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この国の国会と国会議員の地位は地に堕ちたのか!?-お騒がせ上西・武藤国会議員

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日本国1億3千万人の運命を担いう国民の代表たる国会議員と、その晴れ舞台「国会」。その崇高なまでの魂は、徐々に輝きを失い、いつのまにやら地に堕ちてしまったようだ。

 

日本の国会

(Photo BY DS80s)

 

今、この国の国会議員というものが、いびつにゆがみ始めている。

 

翼の折れた天使⁉︎国会のルシファー

上西小百合衆議院議員が8月21日、著書『小百合』を双葉社から出版する。

 

上西議員と言えば、2015年3月、衆議院本会議を体調不良で欠席するも、翌日から知人男性と温泉旅行に出かけていたことが判明。

その後の対応も国会議員としての品格は微塵も感じられるものではなく、結局所属していた大阪維新の会を除籍処分となった事件が思い出される。

 

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出版社によると、「ひとりの女性として、率直な素直な想いを綴った内容となっている」とのことだが、はっきり言って「ひとりの女性として素直な想い」など、どうでもいい。

過去の恋愛遍歴まで載っているらしいが、知りたいのは難しい政治局面において、国政のトップを担う衆議院議員としての意見だ(もっとも彼女には、何も期待などしていないが・・・)

 

だが、本当に驚くべきはその内容だ。

「当時は、週刊誌などに、勝手な憶測で“不倫旅行”というような多くの事実無根の記事を書かれ、政治活動にも影響が出ました。私には今後も議員として出産や子育て支援、シングルマザー対策などの問題に真剣に取り組んでいく覚悟があります。

 そのためには『体調管理の不行き届きが本会議欠席に繋がってしまったことを心から反省し、本当の自分、そして政治にかける思いを伝えなければ』と考えて出版を決意しました。国民の皆様に私の声をお届けしたいと思います」  

 

本人談

 

さも議員としての「覚悟の一冊」の様に語っているが、内容は50点に上るグラビアカットを有するセクシーフォト自叙伝だ。

一体どこをどう間違えれば議員としての「覚悟の一冊」が、グラビアまがいの自叙伝になるのだろうか?

 

夏の暑さでついに頭がイカれたに違いないと思いたいところだが、構想は今年の3月くらいに出たものらしい。

安保関連法案をや新国立競技場の問題など、これ程までに国会が揺れているこの状況下で、いったいどこをどう間違えれば、セクシーフォト自叙伝の発売にまで結びつくのだろうか?

 

衆議院議員がこうも軽率な行動を取るものかと耳を疑いたくなる報道だが、売上の為なら、国会の地位低下も関係無いとする双葉社の姿勢にも、強い憤りを感じる。

 

「ご高名なカメラマンに撮影頂いたこともあり、満足のいく写真になりました。“試練の夏”を経験しましたが、私の考えを知って頂くきっかけになれば嬉しいです」

 

本人談

 

読まずともあたなの考えが国会議員には到底ふさわしくない程、幼稚だということは、よくわかった。

 

維新の党の柿沢未途幹事長などからも「バカのやることは知りません。バカのやることですから…」と痛烈な批判が出ているが、国民はこうした議員や出版社を決して許してはいけない。

 

思い上がって神に反旗を翻し、地獄に堕とされた天使ルシファー同様、国会の天使と言われ、思い上がった国会のルシファーは、次回の総選挙以降二度と国会という天国には上がれまい。

 

傍若無人!国会のグレートムタ

武藤貴也衆議院議員が、安保関連法案に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」に対して、Twitterで発言した内容が、波紋を広げている。

 

SEALDsという学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしてるが、彼ら彼女らの主張は「だって戦争に行きたくないじゃん」という自分中心、極端な利己的考えに基づく。

利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ。

Twitter 原文ママ

 

SEALDsの中心メンバーの見解

「戦争に行きたくないと考えることは利己主義なのでしょうか。安倍総理大臣は法案について戦争をしないためのものだと説明しているが、このような投稿があるとやはり戦争をするための法案なのではないかと思ってしまいます」

 

武藤議員の見解

「法案が通っても戦争に行くことはないのに、扇動や間違った情報で若い人がだまされている」

 

本人は自分が言っていることが、矛盾していることに気が付いているのだろうか?

 

武藤議員といえば以前にも、日本憲法の三大原則について、「三つとも日本精神をはかいするものであり、大きな問題を孕んだ思想」として、平和憲法などを強く否定していたことが判明し、小木ママや自民党内からも批判が噴出している。 

グレートムタ(武藤敬司)も顔負けの暴れっぷりだが、今のことろ「(発言を)撤回することはない」らしい。

これだけ世間を騒がせておきながら、別段発言に関する正式な記者会見も行わないらしい。

理由は自民党幹部から「国会で法案が審議されている最中で、党からコメントは差し控えた方が良いとアドバイスされた」からとのこと。

 

批判続出必至のとんでも発言をぶちかまし、当然国会は混乱。

口をへの字に曲げながら「党からコメントは差し控えたほうが良いとアドバイス」されたから、「やめます」とは・・・

 

お前は小学生か⁉︎

 

今後、保護者無しでは勝手に外を出歩かないでいただきたい!

 

国会で何が起こっているのか?

上記の二人に限らず、最近国会議員の自由奔放な言動が頻発している。

国会議員の質の低下と言ってしまえばそれまでだが、深刻なのは

 

「国会そのものの地位低下」

 

ではないだろうか?

 

思い返せば阿部総理が先のアメリカ議会演説で、日本の国会には内緒で「安保関連法案」の成立を約束してしまった。

これこそが国会軽視の何よりの証拠だが、国会の地位が低下し、国会議員が国会を軽視する傾向が強まったことにより、上西議員の様に国会を欠席したり、或いは国会の外で非常にデリケートな問題に対する非常にデリケートな意見を、ポンポン口にする国会議員が増えたのではないだろうか?

 

失言について言えば、確かにTwitterSNSなどを使って、簡単に自分の意見が発せられる環境が整ったことも大きい。

しかし、国会が国民から絶大な注目を集める、一大プレゼンの場、或いは強大な討論ならぬ「闘論」の場として機能していたならば、国会以外でこのように国会議員個人個人の意見が軽々しくが飛び交う現状は、生まれなかったように思う。

 

 

昨今では国民の政治離れ甚だしいが、言うまでもなく国会とは、国民の代表たる国会議員が、国の未来を話し合う場であり、元来国会に対する国民の監視は強かった。

しかし、残念ながらその傾向は年々弱まるばかり。私が幼い時分に子供ながらに抱いていた、国会に対する厳しい監視の目は、今や殆ど感じられなくなった。

 

「誰が当選しても同じ=行かなくてもいい」という選挙に対する姿勢と同じく、

 

「国会=国会議員がくだらない言い争うをする場」

 

或いは、「国家議員が内輪で盛り上がる場」

 

というイメージは、急速に国民の間に定着し、やがてはそれが国会議員の中にも浸透していった結果、国会の地位は低下の一途を辿った様に思う。

 

こうした見解は個人的なものであり、正直正しいかどうかはわからない。

だが、もしこうしたことが少しでも、近年の国会議員の自由奔放な言動に繋がっているのだとしたら、益々国民の政治参加を強めなければならないと、改めて感じる次第だ。

 

 

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