サハラの風

世の中の事件や出来事にひっそり・こっそり・ちゃっかり物申す!(フリをする)

【世界の自然災害】有史以来史上最悪の洪水・氾濫・水害-概要・死者・被害比較

【スポンサーリンク】

河川の氾濫や台風などによって引き起こされる水害や洪水。

その後も大規模な飢饉などにつながり、甚大な損害を与える自然災害だが、津波を除く洪水被害特集。

 

【世界の自然災害】有史以来史上最悪の洪水・氾濫・水害-概要・死者・被害比較

 

 第十位

 聖マーセラスの洪水

中心的な被災地 オランダ・ドイツ
発生日時 1219年1月16日
死者 36,000人
北海には満潮時に嵐の影響を受けて、巨大な高波が発生する「嵐の潮」が存在するが、この高潮が度々洪水を起こす原因となる。
1362年1月16-17日にかけても25,000人以上の死者を出す洪水を起こしている。(第二聖 マーセラスの洪水)
聖マーセラスはローマ帝国時代の教皇で、1月16日が彼の聖人の日に認定されている。

オランダの洪水
(1809年オランダの洪水)

 

 

 第九位

 1212年北海洪水

中心的な被災地 オランダ・ホランド
発生日時 1212年
死者 60,000人
6月に始まった霧状の雨は、11月まで続き、オランダはもちろんイギリスにまで洪水による影響を与えた。
多くの建物が崩壊し、60,000人の命、莫大な資産が水の泡と消えた。
この後オランダは復興に2年以上を費やすことになる。

 

 

 第八位

 聖ルシアの洪水

中心的な被災地 オランダ・北ドイツ
発生日時 1287年12月14日
死者 50,000 - 80,000人
満潮時に嵐が重なったことで起きた高潮による洪水。ドイツの文献はドイツだけで50,000人が死亡し、多くの村が永遠に北海に消えたと記されている。

 

 

 第七位

 1911年の長江洪水

中心的な被災地 長江流域
発生日時 1911年
死者 100,000人
長江流域は人口密度が高く、被害を拡大させた。 3,750,000人が家を失い、1,000,000人が命を落とした。

 

 

 第六位

 ハノイ市及びレッドリバーデルタ大洪水

中心的な被災地 ベトナムハノイ
発生日時 1971年
死者 100,000人以上
ベトナム戦争中にハノイを襲った大洪水。連続的な豪雨はそれほど標高の高くないハノイを容赦なく襲い、収穫物等にも甚大な被害を与えた。
100,000以上の人が亡くなったが、戦争のために、被害が倍増したと言われている。
その後ダム作りなど懸命な治水工事が進められているが、今だにこに地域は水害に対して十分な備えは持っていない。

 

 

 第五位

 聖フェリックスの洪水

中心的な被災地 オランダ・フランドル・ゼーランド
発生日時 1530年11月5日(土曜日)
死者 100,000 - 120,000人
嵐により一度に大量の降雨を記録。水が地面に吸収されるより遥かに早く大量の雨が降ったために引き起こされた洪水。
フランドルなどを中心に18の村が跡形もなく流された。
オランダは土地柄洪水の多い国だが、同国でも最悪の被害を出した洪水で、以後「悪魔の土曜日」と呼ばれた。

聖フェリックスの洪水

 

 

 第四位

 1935年長江の大洪水

中心的な被災地 三峡(重慶市から湖北省までの193km)
発生日時 1935年7月3日
死者 142,000 - 145,000人
7月3日~7日の五日間に2回の猛烈な暴雨を含む1,000mm以上の降水量を記録。6月の梅雨も例年より長かったこともあり、湖北省を中心に大洪水が発生。
田畑・家畜・家など跡形もなく流されたとの記述がある。
この洪水により腐ったバナナを通じて疫病が発生。33,000人の死者を加え、142,000~145,000人が死亡したとされるが、脱水や飢えによる餓死者、結核や皮膚炎、マラリアレプトスピラ症などの蔓延、仕事が見つからないことから自殺の増加など、中国に深刻な後遺症を残した。

 

 

 第三位

 台風ニーナによる板橋ダム決壊

中心的な被災地 中国・河南省
発生日時 1975年7月30日 - 8月6日
死者 229,000人
台風3号(ニーナ)の影響で、湖南省一帯は一日の雨量が1,060ミリという、記録的な豪雨に襲われた。河川が増水し、巨大な板橋(ばんきょう)ダムを含む大小62のダムが連鎖的に決壊。26,000人の溺死者を出した。さらにその後の堤防の決壊などで60,000人が死亡。最終的な死亡者は200,000人を超えた。

これだけなら事故というよりは天災だが、実はこれらのダムは「大躍進政策」により、突貫工事で作られた欠陥だらけのダムだった。また、放水設備が殆ど無いなど、設計そのものにも大きな問題があり、その危うさは専門家の間では周知の事実だった。

専門家によるたび重なる忠告を政府が完全に黙殺した結果、このよう大惨事へとが発展してしまった。

更に政府は一連の事態を一切報道しないよう、厳しい報道規制を引いていたことが近年になり明らかになった。

板橋ダムは中国第三の川、淮河(わいが)の治水を目的として作られたダムで、崩壊後の食糧難や飢饉でさらに数十万人が死亡した。

 

 

 第二位

 1887年の黄河の洪水

中心的な被災地 中国・黄河流域
発生日時 1887年
死者 900,000 - 2,000,000人
激しい暴雨による黄河の氾濫が起こした大洪水。河の標高が高いため、周囲の平地に洪水を起こし易い傾向にある。
この洪水により発生した疫病により、死者は倍増した。
死者は900,000~2,000,000人言われているが、信ぴょう性は低いものの一説には600万人とも言われる。これが事実なら1931年の中国大洪水を抜いて、この自然災害が史上最悪の天災となる。

 

 

 第一位

 1931年中国大洪水

中心的な被災地 中国・黄河、長江、淮河
発生日時 1931年7月-11月(川により異なる)
死者 14万5,000人–400万人
原因 台風・冬の嵐・雪解け水・
純粋な自然災害としては20世紀最悪の自然災害。
1928年から1930年まで続いた干ばつの後にやって来た冬の嵐、豪雨、春の雪解け水、異常な数の台風襲来などにより川の水位が上昇、大洪水を引き起こした。
洪水自体による死者はもちろんのこと、飢餓や衛生環境の悪化から水媒介性感染症(チフス・コレラ)の蔓延などにより数百万人が死亡したとされる。
また、人肉食いや身内による人身売買なども横行した。
中国では死者を14万5千人としているが、西側諸国は370万人から400万人としている。
災害に対する中国の隠蔽体質は公然の秘密であり、少なくとも数百万単位で死者が出ている現実は間違いないだろう。

 

 

尚、人間が起こした意図的な洪水として、下記の2件は除外してある。

 

 黄河決壊事件(1937年)

日中戦争の最中に、中国国民党が日本軍の進軍を阻止するために意図的に引き起こした洪水。水死者は100万人、被害者は600万人。

 開封市洪水(1642年)

農民の反乱を抑えるために意図的に軍が起こした洪水。洪水とその後の飢饉や疫病により300,000人以上が死亡した。

 

 

あわせて読みたい!いや、読んでいただきたい!

いやいや、読んでくださいm(_ _)m!

world-news.beauty-box.tokyo

world-news.beauty-box.tokyo