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サハラの風

世の中の事件や出来事にひっそり・こっそり・ちゃっかり物申す!(フリをする)

大手葬儀社の葬儀にイラッ!金看板と若さゆえの勘違いが生む悲劇

葬儀・死

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ちょっとした縁で、同じ地域に勤める日本でも有数の大手葬儀屋の社員と知り合いになった。

 

私の勤める葬儀屋は古くから続く、地元ではちょっとは名の知れた老舗で、「政治家、財界人、地元の名士の葬儀はここ」と、言われる葬儀屋だ。

 

大手葬儀社の葬儀にイラッ!金看板と若さゆえの勘違いが生む悲劇

 

しかし、しょせんはローカル企業。大手葬儀屋に比べれば、規模は月とスッポン、スーパームーンと6等星くらい違う。

 

同じ地域の同じ業界に籍を置いてはいても、向こうからすれば眼中になどない。

 

「えっ?何?そんな葬儀屋知らねぇっすね。葬儀の規模が想像以上にデカイと、自分ところじゃ出来ないって、うちに振ってくる地元の葬儀屋がいくつかあるけど、そのひとつですか?」

 

上から目線もいいところだ。

 

その地域で最も大きな葬儀をやるのは、私の勤める葬儀屋だ。

 

葬儀を振られることはあっても、振ることなどないのだが。

 

こいつに限らずここの社員はみんなこんな感じだ。

 

一昔前の私なら、盧山初雄先生(元極真空手の大幹部)仕込みの、正拳突きをかましてやるところだが、若さゆえの意気がりだと、大目に見てやることにした。

 

その後、たまたま同じ斎場内にある隣同士の式場で葬儀をすることがあった。というか前にもあったのだろうが、知り合いではなかったので、気がつかなかっただけだろうが・・・

 

式場は隣同士だが、通夜も告別式も開式時間が1時間ほど私の方が早かった。

 

私の方は20人だけの家族葬で、やることも大してなかったこともあり、となりの斎場に遊びに行って、大手の式をじっくり観察することができた。

 

こちらと同程度の規模の葬儀だったが、正直スタッフのレベルの低さに愕然とした。気持ちなど一切こもっておらず、また私が考える最低限の気遣いや動きすら出来ていない。

 

「うち規模の会社になると、この程度の式はボランティアみたいな感じなんすよ~。」

 

大手だけに研修等はしっかり受けているのだろうが、看板の上にあぐらをかく、大手ゆえの余裕と気の緩み、若さゆえの勘違いが、彼らの成長を止めてしまっているのだろう。

 

 

そういえば彼を見て、ふと思い出しかことがある。

 

私は大学を卒業するとすぐに、東京証券取引所に上場する都内の大手企業に就職した。

 

(東京証券取引所)

東京証券取引所

 

業界内での地位は非常に高く、これぞまさに【金看板】といったところだ。

 

「是非、お名刺交換をお願いしたいのですが!」

 

とある業種内交流会では、数十人の「社長」や「専務」、「営業部長」の名刺を持った中小零細企業のおっさん達が、我先にと大学を出たばかりの若造の前に並ぶ。

 

「従業員と家族の生活がかかっておりますので、是非・・・」

 

私の機嫌を取ることに必死の下請け会社社長を軽くあしらい、会社から支給されているゴールドカード片手に、颯爽と羽田空港のゴールド専用ラウンジへと向かう。

 

(全国を飛び回ってるこっちはあんた達みたく暇じゃないんすよね~)

 

三菱マテリアル三越高島屋ANAJALJUKIミシン、ニッセン、ベルーナ・・・

 

そうそうたる企業を担当していた私からすれば、取るに足らない存在だった(と思っていた)。

 

「久しぶりだな。今何してるの?○○の業界で働いてるんだ~。で?その会社規模はどれくらい?給料いくら?上場してるの?」

 

あの頃の私は完全に勘違いしていた。

 

恐らく大企業の社員など、個々の力で言ったら、それぞれが会社を背負って必死に走り回っている中小零細企業の社員には到底かなわない。(自分たちでは絶対に認めないだろうが笑)

 

しかし、痛みをこらえて敢えて言わせてもらえば、あの頃私が見向きもしなかった、業界内の中小零細企業に勤める同世代の若手社員に、当時の私はかなわなかっただろう。

 

それでもその企業が燦然と輝いていられるのは、先人が作り上げてくれた【金看板】のおかげだ。実力以上の力を与えてくれる金看板の力は絶大だが、悲しいかな、在籍しているうちは中々その事実に気がつかない。

 

「ぶっちゃけこれ(とある取引)やりたくないんすよね~。面倒くさいだけだし、200万、300万儲かったところで、(自分の年間)予算にはほぼ影響しないし。。。」

 

金看板を自分の力だと思いっきり勘違いしていころの自分が思い出され、少し恥ずかしくなる。

 

いずれにせよ、葬儀は一生に一回しかない、人生最後のセレモニーだ。

 

今現在、そうした場所に、「故人のため・遺族のために精一杯のお見送りを!」との一心で臨める自分がいることに心から感謝している。

 

彼もいつかそのことに気がつく日が来るのだろうか。

 

気づかなければ、可哀想な故人や遺族が増えるだけだ。一日も早く気づいてもらいたいと祈るばかりだが、それにしても短気でケンカっ早く、見栄っ張りで、尊大・・・

 

彼の態度を見ならが、そんな過去の自分が懐かしく思える度に、(よく言えば大人になった、悪く言えば年をとったのかな・・・)

 

そんな思いが頭を寄っ切っては消えた2016年の終わり・・・

 

 

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