【ありえない話】エジプトでアパートの管理人が「おまえのテレビを修理する」と言って持ち帰った訳

海外生活ならではの、日本ではあり得ない話を聞かせてほしいとのリクエストをいただいたのでひとつ。

エジプト人の性格はよく言えば大らか。悪く言えば適当だ。

エジプト留学時代、私はホームステイではなく、家族向けのアパートメント(日本ではマンションの部類に入るかも知れない)を借りて住んでいた。
これはあそのアパートメントでの話。
 

エジプト人の物乞いに○○された話!文化の違いが生んだ悲劇・・・

今週のお題「好きな服」

 

昔からダメージジーンズが大好きだった!

それも下の写真の様な結構ボロボロのやつが。

 

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(写真はイメージです)

 

日本の大学に通っていた時、交換留学生としてエジプトの大学に留学が決まった。

 

就学ビザを取ったり、生活用品を用意したり・・・あれやこれやと準備で忙しかったが、その合間を縫って、エジプトで使用するダメージジーンズを作ることを忘れなかった。

エドウィン、リーバイス、Leeなどのジーパンを購入し、アラブの街を闊歩する姿を想像しながら、丹精込めて数本のジーンズを作り上げた。

 

現地に着いてみて分かったのだが、エジプトにはダメージジーンズを履く習慣は皆無だった。むしろ梅宮辰夫バリに青々としたジーンズにアイロンをかけ、綺麗に磨きこまれたローファーを履くのが若者の流行りだった。

草彅剛が聞いたら即倒しそうなファッションスタイルだが、貧富の差が激しいエジプトでは、家柄の良い家の人間ほど、より綺麗なジーンズ、より磨きこまれたローファーの傾向が強くなる。

 

そんなエジプトで世界第二位の経済大国からきた留学生はと言えば、問答無用で金持ちグループに分類される。

ボロボロのジーパン姿で、トップスも見るからに使い込まれた古着で固めた日本人など、少々大げさに言えばビルゲイツがパンツ一丁で街を徘徊している様な異様さがある。

 

当時からそれ程治安がそれ程良くなかったエジプトでは、私達日本人やヨーロッパなどからの留学生は、全員治安の良い高級住宅街に住んでいた。

何故か乞食みたいな格好をしたアジア人のボンボンが、高級住宅街からエジプト人の中でも、真のお金持ちのエリートしか入れない名門大学に通っている。

周囲のエジプト人からすれば全くもって意味不明な現象であり、常に好奇の的だったが、当時の私はそのことに全く気が付かなかった。

街中で指をさされることは日常茶飯事だったが「あれが日本のファッションだ!」と言われているとばかり思っていた私は、完全に勘違い野郎と化していた。

 

そんな私だったがある日その勘違いを、まざまざと思い知らされる事態に遭遇する。

 

その日自慢のダメージジーンズと古着に身を包み、市場を歩いていると、同じ留学生仲間が物乞いに施しを要求されていた。

物乞いをはじめ、貧しい現地人が金持ちの外国人に金や食べ物をたかることは、よくあることだ。

私が知り合いの留学生に近づいていくと、その男性は私に向かって施しを求めてきた。

しかしその動きが一瞬止まる。

私を凝視した彼は、「すまん」と一言言い残し、すごすごと去っていった。

 

事態は良く分からなかったが、取り敢えずしつこい物乞いもいなくなったので、私達は連れ立って歩き出した。

すると少しして、先程の男性が大声で叫びながら走って来た。そして1ポンド札(確か当時の日本円で35円くらい)を私の手に握らせた。

理解不能の事態にお金を突き返そうとするが、物乞いはお金を握った私の手を、更に自分の手で強く握り、「いいんだ、いいんだ」と繰り返す。

いくら返そうとしても、一向に聞き入れようとしない。

 

「持つ者が持たざるものに施しを与えるのは、イスラムの義務だ!」

 

そう物乞いは私に向かって必死に語りかける。

 

喜捨

 

確かに以前ブログで書いた通り、イスラムには自らより貧しい者に施しを与えることが、最も重要な教義のひとつとして存在する。

 

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そうして与えた者は徳を積み、与えられ者は生きることが出来る。

 

それでお金をくれたのね。

 

あざーす!

 

ってふざけんなー!!!

 

何で物価水準のはるかに低いエジプトの物乞いに、世界第二位の経済大国出身で、そこそこ金持ってる両親を持つ俺様が、貧乏人扱いされなきゃならんのだ!!!

 

ブチギレた!

 

「ふざけんなー!!!」

 

強引に物乞いの手を払いのける。

 

すると物乞いが涙目になりながら、私に言うではないか。

 

「どうか受け取って欲しい。私より貧しい者に金を恵んでもらおうとしたなど、徳を積むどころが、罪を増やしかねない。」

 

二つほど補足すると、まずアラブの乞食は本末転倒だがこうした「喜捨制度」がある為、実は結構裕福だ。

言い方は悪いがボロを身にまとい、人々の優越感と信仰心を満足させる為のある種の職業と言ったら分かり易いだろうか。

もうひとつはイスラムにおいて、全ての会話には神が同席しているとの考え。つまり2人で会話しているつもりでも、実際は神1、人間2での会話となっており、あろうことか彼は神の前で自分より貧しい(と何故か信じている)人間から金を取ろうとしたことになる。

物乞いはイスラムのこうした制度で生かされているという自覚がある為、意外とこうしたことを気にする。

 

しかし全然理解出来ない!

 

「何故俺があんたより貧乏だと思われなきゃならんのだ!?」

 

強い口調で問い詰めていた。

 

すると物乞いの口から思いもよらない一言が。

 

もうお気付きですね?

 

「おおっ、ジーパンも買えない可哀想な人間よ。希にあんたの姿をこの市場で見かけるが、どれも俺の履いているジーパンの方がまだマシだ。そんな貧乏なあんたが、こうして我々の国に勉強に来てくれている!」(若いヨーロッパ人やアジア人は、ほぼ100%学生)

 

何かが音をたてて崩れ去った。

 

そう言えば何故か他の留学生に比べて、私はボラれることが極端に少なかった。お金持ちの行く店に行っても、あまり店員が寄ってこないのも、貧しい子供達に異様に人気があったのも・・・

空を覆う雲が風に流され、一気に日の光が差すかの如く、様々な疑問がみるみるうちに解決していく。

 

(そういうことだったのか・・・)

 

近くにいた肉屋の店主がゆっくりと近づいて来て肩を叩いた。

 

「もらっておけよ。困った時は助け合う。それがイスラムだ。」

 

店主の顔はとても優しかった。

 

力なく1ポンド札を握り締め、物乞いにお礼を言ってその場を後にした。

 

ショックだった。お陰でどうやって家に帰ったのかすら覚えていない。ただ灼熱の太陽にさらされ、やけに腕がジリジリしていたことだけは覚えている。

 

 

その夜全てのジーンズを捨てた。

 

不思議と未練は全く無かった。

 

 

毎年多くの日本人が訪れる屈指の観光地。

 

しかし物乞いから本気で施しを受けた日本人は、私が初めてに違いない。

 

異文化理解とはかくの如き難しきモノなり。

 

そう思い知らされたエジプトの夏・・・

 

 

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【死神とバックパッカー】海外で死にそうになることって良くありますよね♫

今週のお題「海外旅行」

バックパッカーをやっていた頃に、随分色々な国を巡り、様々な無茶をしてきた。そんな中で感じた生命の危険的瞬間のまとめ。

エジプト

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ルクソール神殿(Photo by Spitfire ch)

 

エジプトの大学に留学中はよく国内旅行をした。

週末にルクソール観光へ行った時のこと。楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去り、いよいよ明日は帰宅。翌日は午後一の電車で帰るつもりだった。

翌日、朝早くに目が覚めてしまったので、支度を整え早めに駅に向かった。一本早い電車に空席があったので、前日予約した午後一の列車をキャンセルし、それに乗って帰った。次の日からは学校だったので、少しでも早く帰れて内心ほっとした。

自宅についてTVをつけると、乗車予定だった列車が爆破テロで破壊されたというニュースが流れてきた。

一緒に行った友達と「命拾いしたな」って話しながらも、放置した宿題の方が遥かに心に重くのしかかっていた。

翌日ティーチャー(先生)の爆弾が爆発したのは言うまでもない。

 

カンボジア

アンコールワット

アンコールワット(Photo by Bjørn Christian Tørrissen )

 

隣国から陸路で国境を越え、プノンペンに入った。

「山賊が出る非常に危険なルートだから日本人はまず利用しない」と言われたが、前日無理やり連れていかれた占い師に「ラッキーマン」って言われたから大丈夫な気がして、構わずオンボロバスに飛び乗り、国境を超えた。

カンボジア国境警備隊に「お前は運がいいな」って言われたんで、「山賊って言ったって、20%も30%も遭遇する訳じゃあるまいし」って言ったら、「確かにその通りだ。最近の確率は50%弱だ」って言われた。

「早いと思うかも知れないが、夜の6時以降は絶対に出歩くな。お前の泊まろうとしているスラム地区は、現在世界最悪に治安が悪い街のひとつだ。日本人のお前が夜間外出して襲われる確率はほぼ100%だ。」

そう忠告する警備隊の後ろで鳴り響くモノホンの銃声に、今更ながら胃痛がマックスに達した。

 

エジプト

コム・オンボ神殿

コム・オンボ神殿(Photo by I, Rémih)

 

当時イスラム過激派の活動が活発になっており、外国人をターゲットにした事件が相次いでいた。これを受けてエジプト政府は、軍隊による遺跡の警備を強化した。

真夏のとある週末に上エジプトにあるコムオンボという、ワニの神で有名な遺跡を旅した時のこと。エジプトのハイシーズンは冬。真夏に砂漠気候の上エジプトを訪れる外国人なんて、よっぽどの物好きか、ちょっと頭のイかれたジャンキーか、暇を持て余している留学生くらいなもの。

何故か遺跡の入口で複数のパトカーに囲まれて、小一時間ほど待たされた。ほどなくしてやってきたのは、軍の輸送車輌。マシンガンを抱えたエジプト軍兵士50人くらいが、次々と車から飛び降り、広大な遺跡の中に散っていった。

どうやらイスラム過激派がこの遺跡をターゲットにしているとの情報があるらしいのだが、観光客はひとりもいない為、警備隊は近くの基地で待機していたらしい。まぁ尋常じゃないくらい暑いしね・・・

 

「準備完了!」

無線の向こうから勇ましい声が聞こえ、銃を構えた警官と軍人からなる15人くらいの部隊が、ぐるりと私を取り囲む。

「よし、行くぞ」

とぼけた日本人を中心に、360度全方位にマシンガンを向けた、へんてこりんな集団が、少しずつ動き出す。

「ちょっと待て!」遺跡の曲がり角や、物陰が現れる度に、尖兵数人が安全確保に向かう。

「クリアー!(異常無し)」

映画さながらの光景に逆に何だか段々、生きてこの遺跡を出られないような気がしてきて、半分も行かないうちに見学を諦めた。

気が付いたら待機場所の基地で、軍人達と一緒にお茶を飲んでいた。 世の中不思議なこともあるものだ。

 

インド

シティ・パレス門 in ジャイプル

シティ・パレス門 in ジャイプル(Photo by Jools Asher from England)

 

数ヶ月かけてインドを一周した時のこと。旅は全くのノープラン。右回りにしようか左回りにしようかすら決めていなかった。

取り敢えず巨大なバスターミナルで、最初に目についたバスに乗ることにした。インドの暑さで、ちょいと頭がイカれていたに違いない。

真夜中にどこかも全くわかならい真っ暗な山の中に下ろされた。終点らしい。たまたま一緒に降りた現地人に本気で泣きついて、家に泊めてもらったりと、のっけからやっちまった感半端なかったが、方向的にはオーソドックスな右回りと決まった。

一ヶ月程して南インドの寂れた田舎町のネットショップで、日本からのメールを見ていると、「インドの一大観光地・ジャイプルで、60人くらいが死傷する爆弾テロがあったが、大丈夫か?」っていう友達からのメールを発見した。

近くで寝転がっている店員に話すと、「危ない国だなインドって。」って言うんで、「全くだ」って話しながら、店員が持ってきてくれたお茶をすすり、「あ~嫌だ嫌だ」って2人で相槌を打っていた。

少し離れたことろでPCに向かっていたヨーロッパ人が、

「まるで人事だが、ここもインドだ!」って苦笑いしてた。

 

爆破されたのはバックパッカーが集まる地区にあるモスク。もしも左回りだったら今頃ジャイプルだった可能性はデカかったな〜って薄々感づいてたけど、チャーイ(お茶)があんまり美味しかったんで、まぁいっかって気分になった。

 

タイ

ワット・プラシーサンペット in アユタヤ

ワット・プラシーサンペット in アユタヤ(Photo by WolfgangSladkowski)

 

バイクを借りてアユタヤの街を疾走していた。

ノーヘルで舗装の行き届いていない悪路を80キロくらいのスピードでかっ飛ばしていたのだから、今考えると全くもって命知らずだ。

夕暮れにバイクをかっ飛ばしながら、目の前に広がる壮大な遺跡を眺めていると、太陽がいい感じで遺跡に沈んでいく。

シャッターチャーンス!とばかりに慌ててバイクを止め、夢中でカメラのシャッターを切った。

一息して目の前を見ると、30メートル先くらい先のアスファルトに、かなり大きなひび割れがあった。景色に見とれていたのと、暗くなりはじめていたので、気がつかなかったが、あのまま走り続けていたら、本当の太陽になってしまうところだった。

危ない危ない。

明日をも知れぬ我が身。ケチケチの貧乏旅行だったが、その夜は奮発して、ちょっと良さげのトムヤムクンをたらふく食べた。

翌朝思いっきり腹を壊したことも含め、かなり想定外の出来事だった・・・

 

ロシア

アエロフロート・ロシア航空

アエロフロート・ロシア航空(Photo by David Herrmann

 

留学期間が終わって日本に帰国することになった。

航空券代を抑える為とロシア観光を兼ねて、他の航空会社より割安のロシアの航空会社のチケットを取った。カイロ→モスクワ→成田って流れ。

カイロからモスクワに向かう機内は、異常な程張り詰めた空気が漂っていた。周りの当乗客から「貧乏人の俺達ならまだしも、何故日本人のお前がこんな飛行機に乗っているんだ?」って言われたが理由は良く分からない。

「こそに飛行機があるから!」と「そこに山があるから」でお馴染みのジョージ・マロリー風に答えてみたけど、エジプト人にはイマイチ伝わらなかった。

 

そのうちに異常な緊張の訳を知って背筋が凍りついた。

当時ロシアとチェチェンは紛争状態。ロシアの民間機がチェチェンの対空ミサイルで相次いで撃墜されていた。エジプトからの飛行機は、紛争地帯を通過する。

ただでさえ情報の乏しいエジプトで、しかも私は留学生。残念ながらそんな情報は持ち合わせていなかった。

神に祈りを捧げる声がそこいらじゅうから聞こえていたこと以外は、恐怖で殆ど何も覚えていない。

無事モスクワに到着すると、全員スタンディングオベーションで拍手喝采。その光景を目の当たりにして、改めて血の気が引いた。

流石に超閉鎖空間であの体験はきつかった。以後、極度の閉所恐怖症になってしまった。地下鉄がトンネル内で数分止まっただけでも、軽いパニックに陥りそうになる。

そんな私にとって今一番怖いのは、東京を巨大地震が襲って、地下鉄やエレベーター内に長時間閉じ込められること。

それまでに何とか東京を脱出したいと思っているのだが、なかなか出来ずにいる。

 

アメリカ

サンタモニカ

サンタモニカ (Photo by aprillynn77 )

 

カリフォルニア、サンタモニカの目抜き通り、サードストリートプロムナード。大道芸人の聖地として、多くの人で賑わう一大観光地。

どんな大道芸人に出会えるのかと、ワクワクしながら出かけたが、通りには大道芸人の「だ」の字も見当たらない。それどころか人影も殆どなく、シャッターが降ろされた店も多い。

おかしい・・・T-ウィルスでもばら撒かれたか?

 

バイオハザード!!!

 

仕方がないから一軒のカフェに入った。取り敢えずコーラ飲み干す。そんな私をほとんどほったらかしで、店主はTVに釘付けになっていた。「あ〜あ、うちのボスが遂に喧嘩おっぱじめるんだとよ。」老店主がぼやく。

TVでは時のブッシュ米大統領がイラクに対して、高らかに宣戦布告をしていた。

「お前もよくこんな時期にこんな所へ来たよな〜」って言うんで、「えっ?どゆこと?」って聞くと、店主が理由を教えてくれた。

「どうゆうことも何も、同時多発テロでニューヨークが狙われ、更にアメリカがイラクに宣戦布告。それを受けてイスラム過激派が報復。ニューヨークに続いて、アメリカ国内でテロの標的となるのは、ロス以外ないだろ?。更にロスの中でどこが危ないかと言えばサンタモニカ、サンタモニカのどこかと言えば【ここ】!アメリカじゃ常識だぜ。誰もいないのは当たり前。いつ飛行機が降ってきてもおかしくない状況だからな。まぁ俺はここに骨を埋めるつもりだから、何があってもここにいるけどな。」

 

NOー!!!

 

ドル紙幣をテーブルに叩きつけ、ソッコーで店を飛び出した。そのままタクシーに飛び乗りホテルまで逃げ帰った。

後にも先にも心の底から「釣りは要らねー!」って叫んだのはあの時だけ。

結局ロスでテロが起こることはなく、今から考えるとただの「払い損」だった。

どんな理由があるにせよテロはダメだ!いろんな意味で・・・

 

ベトナム

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乗合タクシー「セ・ラム」

 

電車での長旅だった。

夜行に乗り、8時間かけてホーチミンに行くはずだったが、全く理由も分からぬまま、目的地についたのは24時間を少し過ぎた後だった。

硬い板キレの最下等のベッドで体はボロボロ。しかも夜中に駅に降ろされ、途方に暮れていた。海外ではちょっとした気の緩みが災いを引き寄せる。

親切そうな乗合タクシー「セ・ラム」(屋根付きのオート三輪)の運転手が近づいてくる。「大変だったな〜○○(バックパッカーの集まる地区)まで行くんだろ?俺の家も近くだから安く乗せていってやるよ。」

極度の疲労と全く予期しなかった深夜の到着。優しそうな人柄に完全に騙された。バイクタクシーに乗ると、ゆっくりと走り出す。しばら走る。タクシーは人気のない方向へ向かっている。(まずい!)いやな胸騒ぎがした。私が行こうとしていたのはダウンタウン。繁華街だ。

社内を見渡す。思ったとおりだ。バックパッカーは自分が悪質な人間に騙されると、次の人間の為に痕跡を残そうとする。椅子の所々に文字が書いてある。【騙された】【F○ck!】【殺され・・・(読めない)】信じられない叫びが並ぶ。

恐らく人気のない所に連れ込み、待機している仲間と共謀して有り金全部強奪。車に乗せて繁華街近くまで戻り、放置すると言ったところだろう。

【この書き込みをを見つけたら、すぐに飛び降りろ】

その書き込み見た次の瞬間、叫んでいた。

「そこの角を曲がってくれ!」

ドライバーが振り返る。

もう一度叫ぶ。

「そこの角を曲がってくれ!!!」

渋々ドライバーがスピードを落とし、角を曲がろうとした次の瞬間。

 

バキッ!

 

極真空手仕込みの前蹴りを後頭部に叩き込んだ。

車体が曲がりきれず、側面から角の家の壁に激突した瞬間、バックパックを担いで飛び降りた。

「待てっ!」

背中に運転手の叫び声を聞きながら必死で走った。懐中電灯を頼りに30キロのバックパックを担いで一番近くの安宿(当初の目的地は諦めた)に着いたのは、2時間後だった。

 

翌日まっ先に靴底のしっかりした靴を買った。やっぱりサンダルじゃあしっかりヒットしない。

次襲われたら地球の裏側まで蹴り飛ばしてやるつもりだった。

今から考えるとバカバカしいけど、旅はいつも本気&必死。

 

ネパール

ダルバール(王宮前)広場 in パタン

ダルバール(王宮前)広場 in パタン(Photo by Ralf Lotys)

 

バスで移動していた時のこと。中継地点のバスターミナルに夜中の3時に降ろされた。目的地までのバスは昼の12時頃に出るとのこと。

バスターミナルの一角にはストリートチルドレン達が寝泊りしているスペース(ゴミ溜め場)があった。

今更宿を取るのもバカバカしいので、その一角に行って、地面に横になる。するとストリートチルドレンが数人寄ってきた。早速つたない英語と身振り手振りを交えて、金を要求してきた。どうやら名目は所場代ということらしい。「ここは公共の場だ」と突っぱねたが彼らもしつこい。

あまりにうるさいので「金をやるからこれ以上うるさくするな」と言って、日本の100円硬化を渡してやった。貴重な現地通貨をくれてやるわけにはいかない。

ちなみに紙幣と違って硬化は現地通貨に両替不可の為、現地人からすればもらっても何の意味もない。

「ずるい」と騒ぎ立てる彼らに「俺は嘘はついてない!約束は約束だ!」と言い放ち、バックパックを抱えて目を閉じた(勿論本当に寝るわけではない。)

去り際にひとりの少年が「こんなことをすると罰が当たる」というようなことを言っていたが、当然完全シカトを決め込んだ。

小一時間ほどすると、バスがやってくる音が聞こえた。私が乗るバスではないことは分かっていたので、そのまま目をつむっていると、

 

キキー!!!

 

けたたましい音が聞こえた。慌てて飛び起きると、10メートル先くらい先の壁にバスが突っ込みそうになっていた。実際にぶつかったわけではなく、ほどなくして何事もなかったかのように走り去っていった。

 

高鳴る心臓を何とか落ち着かせそうとしていると、いつの間にか先程の少年がニヤニヤしながら立っていた。

だから言わんこっちゃないとばかりのドヤ顔で、少年は手を差し出した。そして「呪いを解いて欲しいなら金を払うしかない」と言い放った。

私は思わずネパールルピー紙幣を取り出しその少年の手に握らせていた。

 

少年は私を少し離れた場所に連れていき、そこで寝るように支持した。そして呪いの正体を教えてくれた。

いくつかある発着ゾーンのうち、私が寝ていた発着ゾーンは、ゴミやガラクタ置き場の近くだ。地面にこびりついたり流れ出る油や散乱するゴミでバスのタイヤが滑り、ちょうど私の寝ていた場所に突っ込みそうになることはよくあるらしい。それを放置するところが、流石アジアだが・・・

あの発着ゾーンを使い、尚且つ右方向から入ってくるバスのある時間帯は、あの場所で寝てはいけないということらしい。金を払えばそれを教えてあげるつもりだったらしいが、私は支払いを拒否したので、教えなかった。

もっとも私が寝ていた場所では、どんなに間違ってもバスにひかれるまではいかないことは計算済みだったらしいが・・・

地獄の沙汰も金次第とはよく行ったものだと妙に感心さられた。

 

最後に・・・

思い出すままに書き出していったので、本当に危なかったことから、そうでもないものまでいろいろある。

何れにせよ海外は非常に危険な場所が多く、平和ボケしたお人好しな日本人は格好のターゲットであることは、残念ながら基本どこの国に行っても変わらない。

 

何日もの間、とても親切にしてくれたが、最後の最後で身ぐるみやられた!なんて話は、ゴロゴロ転がっている。

 

大前提は「自分から近づいて来る人を見たら泥棒と思え!別れるその瞬間まで!」

 

これだけは忘れてはならない。

 

Have a nice trip!

 

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